ロイヤル・ロッホナガー蒸溜所

Royal Lochnagar Distillery

スコットランド・アバディーンシャー、クラシーに位置するモルト蒸溜所。ハイランド地域に分類される。

歴史
クラシー周辺では遅くとも18世紀の終わり頃からウイスキーの密造が行われていたが、1823年に初めて、ジェームス・ロバートソン(James Robertson)がディー(Dee)川の北岸にグレン・フィアダン(Glen Feardan)蒸溜所を合法の蒸溜所として設立した。
だがグレン・フィアダンは設立からわずか3年後の1826年、密造酒業者達によると思われる不審火により焼失。
ジェームスはロッホナガー山の近くへ場所を移動した同じディー川の北岸に、新たにロッホナガー蒸溜所を設立するが、このロッホナガーも1841年にはグレン・フィアダンと同じ運命を辿ることになり、ジェームスは蒸溜業から撤退する。

後を継いだのはジョン・ベッグ(John Begg)という人物で、ジョンは1845年、ディー川の南岸、現在のロイヤル・ロッホナガーと同じ位置にニュー・ロッホナガー蒸溜所を設立、また対岸の旧ロッホナガー蒸溜所も再建し1860年まで運営していたようだ。
ジョンは前任者と違い、強力な後ろ盾を得てロッホナガー蒸溜所を成功へと導く。

1848年のある日、ジョンは大胆にも、蒸溜所近くのバルモラル・エステートを借り受けて滞在していたヴィクトリア女王と王配アルバート公へ蒸溜所への招待状を送る。
翌日、驚くべきことに女王と公が不意に蒸溜所を訪問、これによりニュー・ロッホナガー蒸溜所は当時のロイヤル・ワラント(王室御用達)を得ることに成功、以来蒸溜所は「ロイヤル」を冠し、ロイヤル・ロッホナガーは当時の上流階級の人々にもその名を知られることになった。

1882年にジョンがこの世を去った後も蒸溜所はしばらくの間ベッグ家の元に留まり、1906年にはジョンの孫の手により改築が行われている。

1916年、蒸溜所はジョン・デュワー・アンド・サンズ(John Dewar & Sons)へ売却され、そのジョン・デュワーは1925年にDCL(Distillers Company Ltd.)へ吸収される。
1963年には再度蒸溜所の改築が行われる。

1988年、ヴィクトリア女王とアルバート公の蒸溜所訪問140周年を記念して、同年に蒸溜・樽詰めされた一樽がチャールズ皇太子へ献上された。
この樽のウイスキーは2018年にボトリングされて販売され、売上は皇太子が設立した財団へ全額寄付される。

2018年現在、ロイヤル・ロッホナガーはDCLの継承団体であるディアジオの傘下にある。
なお、上述の事跡とその名前から王室御用達のウイスキーと表現される事があるが、現在ロイヤル・ワラントは保持していない。

生産
少数ながらシングル・モルトを販売する他、ジョニーウォーカー・ブルーラベルのキーモルトを供給している。
アルコール生産能力は年間50万リットルで、大手資本下にある蒸溜所としては非常に小規模なものとなっている。

 

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