タリスカー蒸溜所

Talisker Distillery

スコットランド・スカイ島、カーボストに位置するモルト蒸溜所。ハイランド地域に分類される。
ハイランド・クリアランスの中誕生した蒸溜所の1つ(ブローラ蒸溜所・ハイランドクリアランスの項参照)。
蒸溜所名は設立者が有していた蒸溜所近くの地名から。
“Talisker”は古ノルド語”t-Halasgiar”からだと考えられており、意味するところは「傾いた岩」(蒸溜所公式見解)や「岩の上の家」だとする説がある。
いずれにせよ”sker”は「岩」の意であるため、タリスカーの南東に聳える岩山プレシャル・モア(Pershal More)に由来した地名だと考えられる。

歴史
1825年  
ヒューとケネス・マカスキル(Hugh and Kenneth MacAskill)兄弟がタリスカーと呼ばれる地所の借地権を取得。住民をタリスカーの東にある汽水湖ハーポート湖(Loch Harport)沿岸の集落、カーボスト(Carbost)とポートナロング(Portnalong)へ、あるいは島外へ強制移住させ、地所を牧羊地とする。
1830年  
カーボストにタリスカー蒸溜所設立。タリスカーより移住させた住民を蒸溜所での労働に従事させる。
1848年  マカスキル兄弟破産。蒸溜所は北スコットランド銀行(North of Scotland Bank)の管理下に置かれる。
1857年  蒸溜所はドナルド・マクレナン(Donald MacLennan)に売却される。
1863年  蒸溜業に挫折したマクレナンは、蒸溜所を売りに出す。
1867年  アンダーソン社(Anderson & Co.)が蒸溜所を取得。
1879年  アンダーソン社のジョン・アンダーソンが架空のウイスキーを販売した罪で収監される。
1880年  アレクサンダー・グリゴール・アラン(Alexander Grigor Allan)とロデリック・ケンプ(Roderick Kemp)が共同で蒸溜所を購入。蒸溜所設備を増築、蒸溜所内に埠頭を設置する。
1892年  ケンプが自身の持分を売却。ケンプはこの売却で得た資金でエルキー蒸溜所(現マッカラン蒸溜所)を購入する。
1894年  The Talisker Distillery Ltd.を組織。
1895年  アレクサンダー・アラン死去。アレクサンダーのパートナーでダルユーイン蒸溜所のオーナーでもあったトーマス・マッケンジー(Thomas Mackenzie)が経営権を握る。
1898年  タリスカー社はダルユーイン(Dailuaine-Glenlivet Distillers)、インペリアル(Imperial Distillers)と合併し、ダルユーイン・タリスカー・ディスティラーズ(Dailuaine-Talisker Distillers Co.)を組織する。
1915年  トーマス・マッケンジー死去。
1916年  蒸溜所はジョン・ウォーカー・アンド・サンズ、ジョン・デュワー、W.P.ローリー、DCL(Distillers Company Ltd.)が組織したコンソーシアムにより買収される。
1925年  DCLはジョン・ウォーカー、デュワーズなどを吸収。以後タリスカーはDCL、現在のディアジオの傘下にある。
1928年  3回蒸溜を廃止。
1960年11月22日  スチルハウスを焼失し生産を停止。蒸溜所再建。
1962年  生産再開。
1972年  モルティングを停止。以後グレン・オード蒸溜所で生産されたモルトを使用する。
1988年  ビジターセンターを設置。
1998年  スチル、マッシュ・タン、ワームタブを新調。

生産
2基のウォッシュ・スチルと、一回り小さな3基のスピリット・スチルを対にする変則的な形で蒸溜を行う。
現在のアルコール生産能力は年間330万リットル。

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